50数年前、真岡高校にK先生という生物担当の名物先生がいらっしゃった。その当時真岡高校では、1年生全員生物を履修するシステムになっていた。純理系の生徒は、大学入試では物理と化学を選択する者が多く、生物の時間になると先生の話を聞いていない場合が多いのだが、K先生の授業はユーモアたっぷりで、全員わくわくしながら授業が始まるのを待つのが常であった。
今でも良く覚えている話は、鮭の骨の缶詰の件である。鮭の骨には、カルシウム、コラーゲン、DHN、ビタミンなどが多く含まれ栄養豊富で、水産加工会社は、その当時廃棄していた鮭の骨を缶詰にして廉価で売るべきだ、という事がK先生の口癖であった。何度も会社に電話をしたのだが全く取り合ってくれない、と悲しそうな顔をするので、生徒の多くは下を向いてクスクス笑っていた。K先生は2ヶ月に一度はその話をなさるのであるが、生徒達は待ってま
したとばかり、先生の悲しげな顔を見ては微笑んだ。
1年に1度3月中旬だったように記憶しているが、真高一年生対象に、K先生主催の七草粥食事会が開かれた。午前中、一年生は全員、校庭に自生しているありとあらゆる草を摘んでは、K先生の所に持っていくと、K先生は、その草の名前を間髪を入れずに言い当てた。その目を見張るような神業に、皆はK先生への尊敬の念が増していった。ほとけのざ、すずな、はこべら、すずしろ、なずな(ペンペン草)、せり、ごぎょうのいずれかであれば、七草の籠に、そうでない草は廃棄する箱に入れられた。今考えると、1年に1度の一大草むしり大会でもあったのかも知れない。
昼食は、皆で収穫した七草の粥で、塩辛い昆布の佃煮が添えられていた。私はK先生への尊敬、敬意も手伝ってか、8杯食べ、今医師をしている大食漢のHは7杯食べた。その他の同級生は、1杯食べるのがやっとで、食べ残す者もいた。このような田舎料理を美味しいと言って食べるのは、かっこ悪いとでも思ったのだろうか。「美味しくない」という感想が渦巻いていたので、私は意を決して、K先生の所に行って「めっちゃ、うんまかったです。おれ、8杯も食べました。Hのやろも、7杯食べました」と伝えた。K先生は、これ以上無いくらい眼を細めて、嬉しそうに、「ほう、そうか、そうか、8杯もかー」と喜んでくれた。今思い返して、良い事をしたかどうかは解らないが、私にとっても、高校1年生にしては上出来の振る舞いで、懐かしくも嬉しい思い出になっている。
K先生に、ペンペン草を持っていった時、なずな、と言われ、ペンペン草が春の七草の一つだと初めて知った。沢山付いている実の形が三味線を弾く「ばち」に似ているので、三味線の音の「ペンペン」から、ペンペン草と名付けられたというのが通説だが、私は今でもそうは思っていない。全ての実を少し下に垂らして、でんでん太鼓のように振るとペンペンと音がするからだと、今もかたくなに思っている。小さい頃は遊ぶおもちゃも少なかったので、何百回となくペンペンと鳴らしただからペンペン草なのだ。
天にいらっしゃるK先生、良いお知らせですよ。先生には先見の明がお有りになったのですね。K先生、鮭の骨の缶詰、今スーパーで売っております。先日「さけの中骨水煮」と、いう缶詰、百円にも満たない金額で、嬉しさの余り山ほど買ってきてしまいました。私もそちらに行く時、持って行きますね。皆で中骨と一緒に食べる七草粥、今で夢に出てくる七草粥、8杯も食べた七草粥、先生、また作って下さい。
●渡辺私塾会長 著述家 渡辺美術館館長 渡辺淑寛
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