人類の外的進化〜前史から本史へ〜
人類の外的進化とは、政治、経済、文化芸術、科学、学問、宗教など人間が創りだした事物の進化の事である。数万年後の話なので、私の空想、妄想による荒唐無稽な内容になる事を許されたい。
①科学の進化 ロボット工学が急速に発達し、人類が担ってきた労働はほとんどロボットが行うようになり、左翼思想が憂慮した階級制などの発生基盤は消滅する。その過程で、人類の必要以上の欲望は見事に消え去り、あらゆる生活物資は望むだけ供給され、それ故貨幣も消滅し貧困も無くなる。ロボットと人間の闘いが 小説に登場するが、勿論、如何なる場合でも人間に抗わないよう、ロボットに厳格なプログラムがなされる事は当然である。
企業は無くなり、廃棄物が出ないよう緻密に計算された物資が、ボランティアによって運営された工場から、整然と生活物資供給所に移送され、人々は自由に好きな時に好きなだけ、署名もせず無償で受け取る事が出来る。ボランティアによる政治家が地域の大きな流れを見守っているのみで、国家意識も極めて希薄になり、人類の私的所有意識が無くなった時、現在有る国境も自然消滅する。人々は全て同じ「神という名の宇宙精神」の発現であり、人類は全て肉親であるという思想が定着し、他者への攻撃は自分への攻撃であるという哲学が自明中の自明になって、それ故、戦争も軍隊も兵器も消滅する。犯罪も無く裁判も無く勿論刑務所も無い。そう、人類が夢にまで見た「本史」が、今ここに営まわれているのだ。
エネルギー問題は、人類にとって長きに渡る難題であったが、重力の制御が可能になり、ある時期一気に解決した。ヒントはUFOの飛び方であった。当時謎の物体であったUFOの多くの映像から、UFOが一瞬で跳ねるようにして画面から消える事に着目し、人類は「重力の遮断」に行き着いた。その後多くの科学者の研究で「反重力」が発見され、廃棄物皆無の重力の制御が可能になり、エネルギー問題はついに解決した。人々は道路上でなく、空中を移動し、交通事故も皆無になった。文明史において、農耕革命、産業革命に次いで「重力革命」と呼ばれる重要な発見であった。宇宙に存在する物体は全て引力を持つというニュートン以来の「重力理論」は、考えてみれば「存在のエネルギー」なのだから、人類は当然利用すべきであり、「重力革命」はむしろ遅すぎたのかも知れない。「重力革命」以降、人類は自然と完全調和し、地震、台風、豪雨、豪雪等の自然災害は激減した。地球各地は、寒暖の差はあれ、穏やかな美しい四季に覆われた。また宇宙人との交流は日常となり、人類より進化した宇宙人から、宇宙哲学、宇宙物理学を学び、また人類より遅れた星に行き、密かに進化の手助けをする人達も増えた。なお、この宇宙は、限りなき無限大の大きさと、限りなき無限小の小ささを所有する事が既に証明されている。
②人間の外的変化 21世紀初頭、男性、女性の中性化が僅かに散見されたが、121世紀初頭には、男性女性とも神々しい優しさに包まれて、外見上の男女の差異は僅かとなり、子孫の存続は、全て母体外妊娠となったが、一夫一婦制は存続し、家族制も堅持されている。公的教育機関は消滅していて、子は博学の父母から、幼少時より科学、哲学、芸術、文化なと全ての学問を学び、家庭内では世界共通語が話されている。世界共通語は51世紀初頭、英・仏・独・露・伊・中国語・日本語・エスペラント語等を融合し創られた言語で、世界余すところなく普及するのに1世紀を要した。宗教は、信教の自由が前提だが、100世紀を過ぎる頃から、宗教と言うより宇宙哲学があまねく流布した。この宇宙哲学の端緒は、やはりアインシュタインの「宇宙精神」であった。
「宇宙精神」とは、人知の無限倍の知性を持ち、この全宇宙も、イエス、仏陀、マホメットを含めた人類も、動植物、鉱物あらゆる事物が、この「宇宙精神」の「表現」の一つである。「表現」は「顕現」と同義で、我ら存在する物が進化すれば、「宇宙精神」も進化する事になる。今、「宇宙精神」を無限面を持つダイヤモンドに例えれば、我ら一つの面が輝けば、ダイヤ全体が輝く事になる。121世紀までには、多くの者はこの「宇宙哲学」を信じ、それ故宗教団体も教祖も存在せず宗教間の争いも消えた。
「その1」で述べたが、人類は「本史」の中で、天まで届く即興の歌を歌い、即興の詩を諳んじ、即興の劇を演じ、世界共通語で自叙伝を綴り、ゴッホを凌ぐ絵を描き、多くの楽器を自在に奏で、各地域の伝統芸能を継承した。また人類は、順位を付けず、技を披露するのみの、ありとあらゆるスポーツ大会に参加した。更に、宗教性皆無の、「存在」を祝う祭りが頻繁に執りおこなわれ、酒たばこなどの趣向品は51世紀までには自然消滅したが、祭りの時は、無害の良質な酒がふるまわれた。
「本史」に生きる人類は、芸術活動、ボランティア活動、スポーツ活動、学問研究、他の天体への旅行と調査と支援などを通して、個々人、繊細な個性は一層洗練され、人類の存在自体が芸術であり、美であると全ての者は実感していた。そう、「存在とは進化」だと。しかし、平均寿命が120歳になり、ほとんどが病気もせず老衰で他界するのだが、121世紀になっても未だ「死」の問題は解決されていなかった。恐ろしい事であるが事実である。