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コラム

2023.07.14

教育・文化芸術・科学コーナー第14回エッセイ
「渡辺美術館開設9年目を迎えて」

 2015年5月24日、貧弱ながらも念願の美術館を開設して本年5月で8年が経ち、9年目を迎える事が出来た。半世紀前の美学生であった時から心に秘めていた入場無料及び版画や美術関係書の来館者様へのプレゼントも、8年間継続中である。粗末な建物、狭い場所に1200点余も乱雑に展示するスタイルは、美術品を冒涜していると口走る美術関係来館者も僅かに居た。しかしこのスーパーマーケットのような乱雑な展示方法は、最初から意図したものである。

 思い起こせば1974年は、ルーブル美術館蔵レオナルド・ダビンチ作「モナリザ」が日本に初来日した年だ。学生にとって安くない入場料を支払い、長時間待たされ、照明不足で薄暗い中、高い所に鎮座したモナリザの薄ら笑いのようなものしか見えなかったので、止まって背伸びをして良く見ようとした途端、「止まらないで!」と警備員にどやされた。「歩きながらの美術鑑賞など無いぞ」、「名品の名のもと、人間を、大衆を冒涜しているぞ」と言い返す衝動を抑えるのに必死だった。フェルメール作品が来日した時も、同様に「止まらないで」と言われ、日本では状況はそれ程変わっていない。日本人の従順さにつけ込む、このような来館者を小馬鹿にした展示スタイルは、美術の分野で日本を一層の後進国に落とし込め、芸術と大衆の距離を一層遠ざけるだけだという事を、美術関係者は心の奥底に銘記すべきである。

 その時から、美術品は、薄暗い堅固な建物の高い所に偉そうに飾るのではなく、来館者と同じ目線で間近に鑑賞出来るよう、スーパーの野菜コーナーのように展示しようと決意した。久保貞次郎氏の小コレクター運動の思想、「一人一人が、オリジナル作品を3点以上持ち、芸術を生活の中に浸透させる」という考えも、私の決意を後押ししたのだろう。

 さて、49年前の嫌な思い出は此処までにして、渡辺美術館の今後の夢を語りたい。一つの夢は、点数だけなら世界屈指の恩地幸四郎作品388点を、小さな恩地美術館として近隣に独立させる事。これは経済的問題で今は容易ではない。二つ目は、久保氏が活躍した真岡市で、子供を含めたプロ、アマ競合の、豪華賞品付き大きな美術展を開く事。勿論審査委員は子供だけだ。これも経済的問題、事務的問題で今は難しい。三つ目は、現在土曜日3時間のみの開館時間を、週6回1日7時間の開館にする事。これも私の体力的問題、時間的問題で困難か。四番目は、分厚い当美術館展示作品集を作る事。これが一番実現可能なのだが、1211点を写真に撮り製本するのは専門家に任せるしかなく、費用も時間もかかるであろう。久保氏の万分の一の財力で、更に年齢を考慮すれば、何れも一見不可能に思えるが、少し待って欲しい。二つの国立大を卒業し、零から私塾を始め、たった一人で40年かけて粗末ながらも1200点余を展示する美術館を創設したのは、誰あろう、私ではなかったか。そう、今は、地を這うように密かに半歩ずつでも前進する時期なのだ。夢は、いつまでも持ち続けるから夢であり、安易に棄てられないから夢なのだ。

●渡辺私塾会長 著述家 渡辺美術館館長 渡辺淑寛

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