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文・中新井紀子(西方音楽館館長、 東京芸術大学音楽学部楽理科卒、 同大学院修士課程修了)

文・中新井紀子(西方音楽館館長、 東京芸術大学音楽学部楽理科卒、 同大学院修士課程修了)

2024.03.15

AIと人間の脳

AIの進歩は目覚ましく、人間の脳は負けてしまうのでは?との脅威がある。AIが取り込める膨大な情報量、およびその集計、統計能力は、人間の能力を遥かに超えている。しかしながらその情報は、ある目的、あるテーマに限られたものである。

人間には、顕在記憶(意識的に思い出せる記憶)と潜在記憶(思い出せないが、これまでのすべての体験の記憶)があるとのこと。ならば潜在記

憶には、人間が生まれてからのすべての情報が入っているはず。また、胎児のときから、次第に人間らしい体に成長する過程で、地球上に生命が誕生し、アメーバのような形態から、多数の細胞からなる生物に進化し、魚類、両生類、哺乳類、そして人類へと進化していくすべての情報が胎児の内に秘められおり、それは、大人になった人間の体にも刻印されているはずである。とすると、この進化の膨大な記憶を内に含む人間の脳は、はたしてAIに劣っていると言えるのだろうか?何億年分、何十億年分の記憶を体内に宿している人間の情報量が、はたしてAIに劣っているのであろうか?

音楽に於いては、例えば、J.S.バッハが経験し、学んだすべての情報をAIに入力して作曲させたら、J.S.バッハ以前までの様式、形式で、ある程度面白い音楽を作り出すことは出来るかもしれない。しかし、その情報からJ.S.バッハの音楽を創り出すことは出来ない。人間には、与えられた情報から飛躍して、新たなものを創り出す力がある。J.S.バッハの音楽を創り出せるのは、J.S.バッハ本人のみである。

「間違える脳」(櫻井芳雄著、岩波新書)によれば、「人間の脳の情報伝達は、ニューロンが発火し、シナプスを介して、次のシナプスに伝達するのであるが、伝わる確率は低く、低確率で不確実な信号伝達ゆえ、間違いを犯すように出来ている。スポーツ選手や演奏家など、特殊な訓練を重ねると、脳のその部分だけ信号を受け渡す部分が太くなったり、面積が広くなったりして、信号を受けやすい形状に変化し、間違いを犯しにくくなる。

しかし、そうでない部分は、間違いを犯すように出来ていて、このことが非常に大切で、間違いを犯すような脳だから、これまでに存在しなかった新たな発明、創作へと飛躍が出来る。脳の損傷により、しゃべれなくなったり、麻痺したりすることもあるが、脳のある部位が損傷すると、別の部位がその代わりとなることもある。

例えば、視覚野が損傷すると、聴覚野がその役目を担うことがある。脳は、非常に柔軟に出来ており、総合的に働いており、ある日の脳の機能地図は、次の日は、もう異なっているほどである。脳が心を生んでいる。

しかし逆に、心が脳の活動を制御できる。制御する側である心は、同じ脳から生じているにもかかわらず、制御される側の脳活動からは独立して働き得る。機械でこのような機能を備えたものは無い。例えば、偽薬、偽手術でも、本当の薬を飲んだ、本当に手術を受けた、と思うと、かなりの確率で効いてしまう。また、AIはデジタルであるが、人間の脳はアナログに出来ている。」(中新井編集)

AIと異なり、間違いを犯し、機能が柔軟に変化し、心により制御され、アナログに出来ている脳。一見劣っているように見えるこの特性こそが、未曾有の可能性を秘めているのではないだろうか。音楽に戻るなら、生の演奏には、デジタル録音では取り込むことのできない、微細な情報が多く含まれている。そして音楽は、心や感受性を養う。脳を制御することのできる心を養い、アナログの極致ともいえる生演奏を浴びることは、脳に適い、脳に有効に働くはずである。