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「小久保裕アトリエ館」開館を機に「新作を描きたいと思うようになリました」(小山市大行寺のアトリエにて)

「小久保裕アトリエ館」開館を機に「新作を描きたいと思うようになリました」(小山市大行寺のアトリエにて)

2023.07.14

生家をリノベーション「小久保裕アトリエ館」開館
「独立展」に向け、今大作に打ち込む

 VALUE The 賢二 2023のオープニングセレモニー&トークショーを見るため、栃木高校講堂に足を運んだ。壁面上部に掛けてある歴代校長の肖像画に目を走らせ、清水登之が描いた絵を見たとき、小久保裕さんが自身の作品集のために書かれた文章を想った。

 小久保さんは、こう記している。「パリ15区、パスツール研究所近くのアパートに住んだぼくは、ある日、奇しくも半生記前、清水登之が近所に住んでいたことを知り、毎日利用していたメトロ・パスツール駅の上に立った時、清水の滞欧作『街の掃除夫』の背景、その原風景を発見したのだ」と。さらに続けて「それまでヨーロッパ各地を歩き回り、ルネサンスから近代絵画までの数々の作品に触れ、その圧倒的な力にすっかり参っていたぼくは、その時ふと我に返り、再び『自分の風土』に思いをめぐらすようになった。それは、歴史上の巨人達の足元に及ばずとも、たとえささやかな仕事であっても、このぼくにしか描けないものがあるはずだ、この時代と風土の中に生きる想いを表現する手立てを何とか見つけるしかない、そんな思い、それが画業の出発点であった気がしている。そんなことを教えてくれたのが高校の大先輩、清水登之であり、後に独立展に出品するようになった動機もそこにある」。

 1949年、小山市大川島に生まれた彼は、栃木高校から東京藝大に進み、美術学部油絵科を卒業、その後大学院美術研究科を修了した。77年、渡仏。エコール・デ・ボザールに在学。絵画の潮流をつくり続けたパリ、そこに息ずく時代の空気に直に触れた。帰国後、独立展などへ出品、95年には文化庁の買い上げ作品に選ばれるなど高い評価を受けるようになる。(現在、京都国立近代美術館所蔵)

 こうして、時代は下り、74歳となった今年、生家をリノベーション、大行寺のアトリエとは別の第2アトリエとも呼べそうな「小久保裕アトリエ館」を開館した。小山市立車屋美術館学芸員の五十嵐直子さんが開館に際し文章を寄せている。以下、その一部を掲載。

 1987年38歳の時、故郷小山にアトリエを構えて35年。「エミール・ガレの箴言『私の根は森の奥に在る』この言葉に私の思いは,集約される。」という小久保裕は、50年あまりの画業において人間と自然の共生を中核のテーマとして、自然への愛着や畏敬の念を表現し続けている。

 小久保は、観念的な独自の画境、いわば理想の表出にのみ没頭しているわけではない。現代に生きる絵描きとして、社会の現実的事象、現実の心情にも真摯に向き合っている。「沈黙の森」「いのちの森」というテーマは東日本大震災とそれに伴う原子力発電所事故という甚大な災害の経験からうまれたという。自然界の危機と日常生活の危機にさらされた、現実の心情が反映されている。森にたたずむ自然の象徴「地天女」は、不安の霧がはれるのをじっと見守り、人間に寄り添ってくれているようだ現実の辛い体験を反映した、意識下の創造力がはたらいた表現といえるだろう。

 「アトリエ館」開館を機に、「新作を描きたいと思うようになった」という。時代や人間の表層と深部、目に視えるもの、視えないもの、小久保さんの感覚がとらえたもの、さらにそれを深め、キャンバスの上に解き放つ。

 この夏、彼は10月に東京六本木の新国立美術館で開催される「独立展」に向け、大作に打ち込む。画家としての新たな幕はまだ開いたばかりだ。

<小久保裕アトリエ館> 小山市大川島569 TEL 090-1507-8558 ※不定期開館のため、来館の際はお問い合わせを