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2023.09.15

教育・文化芸術・科学コーナー第16回エッセイ
「階段で消えた猫」

 もう30年以上も前の事だ。早朝、2階へ行く階段で、猫の鳴き声がするので目を覚まし、見に行くと階段の中段に野良猫が疲れて横になっていた。何処からか紛れ混んでしまい、途方に暮れていたのだろう。運悪く階段の上に、起きむくれの妻も現れ、仁王立ちしていた。妻と私に、上と下で挟み撃ちに会い、とりわけ起きむくれの妻が余程恐ろしかったのか、その猫は、一瞬にして消えた。本当に消えた。私と妻は、「あれ、今、猫居たよね」と言って、窓の方を見たが、 窓は閉まっている。 二人同時に同じ夢を見ていたのかと、 狐につままれた思いで、二人はまた床に付いた。

 二日が経った。階段の壁の反対側にエレクトーンが置いてあり、その奥から、か細い、悲しそうな猫の鳴き声が聞こえて来た。一昨日の謎が全て解けた。その猫は、恐怖の余り、目にも止まらぬ早さで壁を駆け上がり、壁を越えてエレクトーンの下に隠れたのだ。余りの早さに、妻と私には、一瞬で消えたように見えたのだろう。それにしても、その猫には可哀想な事をした。二日間、飲まず食わずで、恐怖に打ち震え、微動だにせず、一声も発する事無く我慢していたのだ。そして、体力の限界が近づき、助けを求める最後の弱々しい声を発したのだ。妻を呼び相談したが、あの一瞬の光のごとき素早さを目の当たりにしているので、二人共、猫を掴んで外に運ぶ勇気は無かった。それで動物好きの中学1年生の娘を呼び、外にそっと連れ出して貰った。娘が猫の胴を上から両手でそっと持った時、「あったかい」と呟き、その一言で猫との意思疎通が出来たのか、猫は抵抗せず娘に身をまかせた。

 その夜、妻が、「猫ちゃん、二日も飲まず食わずで可哀想だったね。事情を話してくれれば良かったのにね」と冗談を言った。

 そうだ、人類は数千年後、動物と意思疎通が出来るようになれば良いのだ。人間と動植物は、異なった進化の旅を続け、人間と動植物の意識形態は明らかに異なるが、「重なり合う部分」も必ず有るはずだ。犬や猫と一緒に暮らした事が有る人なら、「重なり合う部分」を知っているだろう。

 かつて、ポーランド人ザメンホフが19世紀末、エスペラント語という世界共通語を創ったが、人類は遙か遠い将来、生物共通語或いは生物共通テレパシーを創れないだろうか。更には、鉱物、液体、気体あらゆる創造物との、創造物共通テレパシーなる物を創れないだろうか。私は、人類には、それを実現する秘められた能力が有ると、心の奥の方で密かに確信している。想像の遙か彼方に有る遠い遠い将来、我が人類よ、全ての創造物と精神を交感し、この地上から、貧困、暴力、差別、諍い、殺戮を駆逐し、全ての創造物が歓喜の中で共生出来る地上楽園を必ずや成就せよ。

 既にもうお空に帰っているかな、あの時の猫ちゃん。妻と私もお空に帰った時、また会うことが有ったら、もう消えなくても良いよ。

●渡辺私塾会長 著述家 渡辺美術館館長 渡辺淑寛

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